ELONGATED SHADOWS
エッセイ
キュレーション:リズ・ファウスト

1945年8月6日午前8時15分、米国の開発と投下により史上初めて兵器利用された原子爆弾が広島の空と大地、そしてその間にある全てのものを死の光で包みました。住民の約9割にのぼる15万人を死に追いやった瞬間です。その3日後、その破滅的な衝撃が十分把握されないうちに同じ兵器が長崎に使用され、およそ7万5千人の死者を出す結果となりました。最終的な死者の数は複数の要因により今なお不確かで、例えば爆心地近くにいた人々は灰と化したか川に沈み、また放射線の影響による死と妊娠終結異常(死産等)の数は一切含まれていません。原子爆弾の発明と利用は第2次世界大戦を終結させたと信じられ、その惨事は平和のために必要な犠牲だったとして正当化されました。

米国の核の歴史は広島と長崎に限られません。最初に核兵器の犠牲になったのは米国の民間人と兵士で、1940年代にニューメキシコ、ユタ、ネバダで行われた核実験の放射線に苦しめられました。これには米国政府のためにウラン鉱石を採掘した先住民や他の少数民族が含まれ、その人たちもまた放射線の被曝に苦しみ、保護策や適切な治療は拒否されました。現在、9カ国が核兵器を保有していることが知られており、30を超える国々が核エネルギーを利用しています。

核による攻撃から75年を迎えるにあたり、Elongated Shadows展はその影響と帰結を再考し、現在の核をめぐる緊張へのより慎重な対応を促します。悲劇によって永遠につながることとなったアーティストたちを集め、赦し、アイデンティティ、負の遺産というテーマについて深く考えるよう喚起します。

伊東慧は原爆を生き延びた被爆者の三世で、核にかかわる運命は祖父が広島の原爆を経験し生き残ったことに源を発します。伊東の祖父である伊東壮は著名な反核活動家で、戦争から数十年の後に放射線に起因するがんによる合併症で亡くなりました。

伊東慧, 《Sungazing(太陽視)》2015, Chromogenic color print, 8 x 10 in. (each).


祖父が亡くなったときに伊東はまだほんの子どもでしたが、祖父が広島のあの日「何百もの太陽が空を照らした」かのようだったと振り返っていたのを覚えています。伊東の作品《Sungazing(太陽視)》は108個のタイプCプリントによってこの言葉を考察したもので、それぞれのプリントは伊東が1回呼吸する時間を露光時間として感光紙を太陽にあてて作られました。この伊東の呼吸の投影は、祖父が生き残ったおかげで存在する彼自身の命の記録となっています。

伊東の連続的な作品に見られる反復は、核兵器により被害を受けた膨大な数の人々を思わせます。また108という数字は、日本の仏教と文化(煩悩・除夜の鐘)において慣習上重要なものです。特に除夜の鐘は 、人間から108つの煩悩を払い、新年に備えて心を清めるものであり、108と言う数を使うことによって写真を儀式化しています。《太陽視》において、伊東は新しい故郷としてアメリカに移り住むにあたって贖罪と赦しについて思いをめぐらせ、家族の過去との折り合いをつけています。

108という数字は伊東とアメリカ人のサウンドアーティスト、アンドリュー・ポール・カイパーとの思索的な共同制作作品でも使われています。ケイパーは自身の祖父が、最初の核兵器を製造した実験的研究計画であったマンハッタン計画の技師でした。この共同作品《Afterimage Requiem(残像-レクイエム)》は視覚と音による大型インスタレーションで、108点の等身大フォトグラムと 1時間の4チャンネルのサウンド作品で構成されています。

この作品で伊東の体の輪郭は、広島、長崎の市民が爆発の強烈な熱線により地面に焼きつけられて残した、核の人影を参照しています。広島と長崎に残されたこれらの影を思わせる108点のフォトグラムは、直接露光によるネガ、つまり本当の意味での写真と言えます。近年、放射線がDNAを変化させて起こる変異が遺伝により次世代に伝わる可能性があることを示す根拠が発表されましたが、伊東による自らの身体の強調はそのことを思い起こさせます。

伊東の写真の上空にはカイパーの緊迫なサウンド作品が流され、上空にアメリカ人、その下に日本人の犠牲者という空間構成が原爆投下そのものを想起させます。カイパーは爆弾の製造の歴史について調査し、それを頼りにアメリカの核遺産の地でフィールドレコーディングからサンプリングした音を編集しています。この曲は原爆を生み出した施設と方法、そして施設のあった人里離れた自然の環境と共に思い起こさせます。その響きは聞き手に対し、歳月に埋もれた秘密の研究所に思いをめぐらせ、自然という概念を問題化し、私たちの名において、防衛のためとしてなされた事についての難しい問題を問うよう促します。

カイパーのもうひとつの作品《Bunker Music(防空壕の唄)》は歌唱の組曲で、核戦争が起こってそれ以降核シェルター内に閉じ込められた状態と、その中で経験する避けがたい恐怖、無力さ、悲嘆、夢想をイメージしています。その歌は無人機の音、ルーピング、ノイズ、フィールドレコーディング、サウンドデザインと混じり合い、防空壕における感情風景を想像させます。

スザンヌ・ホーディスもこの戦争のアメリカの側とかかわりがあるアーティストです。ホーディスは原子爆弾の設計と組み立てに協力した主な科学者のひとり、ヘンリー・リンシツの妻でした。原爆による甚大な破壊に動揺したホーディスとリンシツは共に戦後、熱心な反核活動家となり、Artists For SurvivalやUnited Campuses Against Nuclear Warなどの団体を設立しました。ホーディスの積極行動主義は作品にも現れています。

スザンヌ・ホーディス,《Hiroshima Mother》 1982, Charcoal, conte, and pastel on paper, 40 x 31 in.


ホーディスの絵画《Hiroshima Mother》(広島の母)は肉と骨の山を描き、戦後日本から出てきた、溶けて損壊した死体の内蔵的なイメージを想起させます。死体の山の上には苦しむ女性と幼子が描かれ、放射線による分解と息を引き取るまでの狭間にある姿が捉えられています。ここに描かれた子どもはこの母親個人の喪失だけでなく、世代全体の喪失の象徴としての役割を果たしています。

ホーディスの別の作品は冷戦時の軍拡競争を参照しています。そのリトグラフ作品《Three Minutes to Midnight》(深夜0時まであと3分)は聖書に登場する知恵の実を、世界終末時計という、人災による世界の破滅までのカウントダウンを視覚化したものに置き換えています。画面上では深夜0時、つまり私たちが知っているこの世界が終わる時まで、あと3分しか残されていません。この作品は1984年に制作されたもので、米国とソ連との間で核をめぐる緊張が高まり、多くの人を世界の終わりが近いという恐怖に陥れていたことを反映しています。なお現在、世界終末時計は深夜0時まであと100秒です。

アリ・ビーザー, Yoshie Oka in the air raid alert bunker she was working in at the time of the bombing, 2016, Digital photograph, Dimensions variable.


運動家としての表現は、写真家のアリ・ビーザーによる核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN。2017年にノーベル平和賞を受賞)のためのプロジェクトにも見られます。ビーザーの祖父、ジェイコブ・ビーザー中尉はレーダーの専門家で、原子爆弾を投下したエノラ・ゲイとボックスカの両方の飛行機に搭乗していた唯一のアメリカ人でした。主な任務は被害を最大限にするため空中で原爆を起爆することでした。

Elongated Shadows展のほとんどの出展作家が過去に目を向けて現在を考察する中で、ビーザーの人物写真は過去と現在を1つのイメージの内に捉え、納めています。ビーザーの写真は被爆者が70年前(制作当時)に原爆の爆発を目撃した場所に立つ姿を撮影したものです。その親密なポートレイトには心を動かさずにはおかない人間像が現れています。それは日本人の戦争体験の一端を見せてくれるだけでなく、アメリカ人が映画やスチール写真を通じてどのように原爆投下を体験したかも映し出しています。


ミギワ•オリモ, 《Fūin (sealed)(封印)》 2019, Plastic airplane model, linen, silk embroidery floss, 48 x 96 in.


日本人アーティスト、ミギワ・オリモは原爆のイコノグラフィと物語をより深く考察しています。作品《Fūin (sealed)(封印)》は、2つの原爆を落としたB-29爆撃機のおもちゃを分解したものとミニチュアの核爆弾から成り、これらは亜麻布でくるまれ、絹の刺繍糸で番号が記されています。この分裂の世界で、この作品は公的記憶と私的空間との関係をあらわにし、記憶がどのように共有され、内面化されるか、それらがどのように蓄えられ、物語となるのか、そして記憶と歴史がどう衝突するかを明らかにしています。ここには文脈も、風景も、人も、犠牲者も一切見当たりません。代わりに目にするのはこれらの兵器が丁寧に包まれ、アーカイブされ、博物館で陳列されるような状態で保管されているさまであり、すぐに組み立てられるプラモデルのキットにも似ています。《封印》は過去についての私たちの集合的記憶を疑い、その作者は誰だったのかという問いを提起します。 

大江 梓美, 《Q》, 2020, Digital video, 9:07 min.


オリモの作品が集合的な歴史がどう保存されるかの考察であるのに対し、京都生まれのアーティストで舞踏の踊り手である大江梓美の作品、《Q + A》は個としてこの歴史に向き合います。この2チャンネルのビデオ作品は過去、現在、未来の夢うつつの流動性を表現し、広島で人類の歴史が永久に変わってしまったその一瞬の時間へと深く潜ります。《Q + A》で大江は舞踏という紛れもなく日本まれの芸術形態を通じてモメンタム(契機)と記憶の両方を掘り下げ、解釈し、世界的惨禍への個人の視点を二項選択的に探ります。

これまで視覚メディアや映像で象徴的なきのこ雲が過剰に用いられ、原爆の惨禍が遠いものになったかのような印象を補強してきました。核兵器とその利用の可能性についての軽々しい会話は極めて破壊的な兵器を矮小化し(昨今では「just nuke ‘em(核攻撃してやれ)」のような表現をトークショーで耳にしたり世論調査で目にしたりします)、そして2019年、米国は中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄しました。最初期の核実験と核攻撃が引き起こしたトラウマが長く続いているにもかかわらず、多くのアメリカ人は今もって核戦争の帰結と負の遺産を理解していません。Elongated Shadows展は、過去から長きにわたって対立するこの問題に関心を寄せるよう呼びかけ、十分知識を得た上で将来判断を下すよう促します。

リズ・ファウスト
apexart NYC Open Call Exhibition
© apexart 2020 

1. Dr. James N. Yamazaki, M.D., “Hiroshima and Nagasaki Death Toll,” Children of the Atomic Bomb, last modified October 10, 2007, http://www.aasc.ucla.edu/cab/200708230009.html.

2. Doug Brugge and Rob Goble, “The History of Uranium Mining and the Navajo People,” American Journal of Public Health 92, no. 9 (September 2002): 1410–19.

3. “Genetic Effects of Radiation in the Offspring of Atomic-Bomb Survivors,” Radiation Effects Research Foundation (RERF), accessed July 10, 2020. https://www.rerf.or.jp/en/programs/roadmap_e/health_effects-en/geneefx-en/.

4.  “Human Shadow Etched in Stone,” Hiroshima Peace Memorial Museum, accessed July 2, 2020, http://hpmmuseum.jp/modules/exhibition/index.php?action=ItemView&item_id=112&lang=eng.

5. Guardian Staff, “Trump Suggests ‘nuking Hurricanes’ to Stop Them Hitting America – Report,” The Guardian, August 26, 2019, http://www.theguardian.com/us-news/2019/aug/26/donald-trump-suggests-nuking-hurricanes-to-stop-them-hitting-america-report.

6. “The Intermediate-Range Nuclear Forces (INF) Treaty at a Glance,”  Arms Control Association, August 2019, https://www.armscontrol.org/factsheets/INFtreaty.

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